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2006年3月の5件の投稿

2006年3月29日 (水)

夢と希望に溢れてた君たち

26日は小学生マーチィングバンドの定期演奏会だった・・毎年これに私の所属するビッグバンドがゲスト出演するのだが、午前中からリハーサルだの待ち時間だの、本番前にもう疲れてしまう我が熟年バンド、いやはや彼らの元気と嬉しげなあの弾ける若さに我が身が何とも情けない。沢山の可能性と輝きに満ちた子達の姿をみてあの頃は私もそうであったのだろうが人生とは次々にあの頃の夢や可能性も削ぎ落とされていくし気が着けば思いもしなかったわが身をみることになったりして・・・・                        まあ取り返しのつかないことはあきらめることかしらね。P3260114

 りっぱな音を出す小学生だ!! P3260113_1

  24日はお天気もよし、ちょっとご無沙汰していた方のお見舞いに海岸沿いの病院に行ってきた。前回訪問の時より、お顔の色も良く安心しての帰路途中、出来たばかりの洒落たレストランでコーヒーを   飲みながらしばし昔の彼との時間を懐かしんだ?って???・・・・ P3250104     

P3250107

           

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2006年3月22日 (水)

夢幻泡影

先日お彼岸で墓参りをしてきた。ここ20年の歳月は私にとって色んな悲しいこと、辛い事、試練の歳月であった。正に夢幻泡影を思い知らされたものである。

平成に入って次々と身辺の大切な人、動物たちとの宿命(母の死で避けられない現実に生ある者のはかなさを痛感し、生きる事の何か?を自問自答・・の日々)の別れの哀しさに耐えながら過ごしてきた時間のような気がする。順繰りの時間だから,そのうち自分も順番が来るのであるが送るのは哀しいと同時にはかないこの世を嘆いては空しいものだけが延々と続いたものだ。かたや現世はその中で「楽しく意義ある人生を・・」ということに努めなくてはならないという人生論が背中を押すし・・・。人はそう誰にもはあてはまらないって!!とぶつくさ・・の私。

 共働きの両親、兄弟4人、私が中学の頃まで家族の一員であったお手伝いさん入れて ワイワイとけたたましい、ガサツだった日々が一番の幸せなときだったのかな~。

この家族の100%確かな、時代を共有した時間ではあったのだが一方では夢幻の様相にもなってきている。これが歳をとっていくってことの一面でもあろう。これからの生き方っていうのにいつも最後には空しさがつきまとうのだけど、近未来のわずかな楽しみを期待しましょう。それにしても昨晩はめったとみない母さんに夢で会えた!

     もう一度母さんの手を握りたいな・・・。

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2006年3月 9日 (木)

みんな、元気だったねえ

昨日の午後、前々から気になっていた所に出かけてきた。めでたく新築の運びとなった障害者施設「サンテラス」へ。遅ればせながらお祝いは屋内のすみっこにでも置いてもらおうと観葉植物を持って・・。「サンテラス」へ行くためだけの細い道。 山の方へ少し入るので  自然環境はいい・・私は好きだ!! 両腕あげて深呼吸しそうだった。  みんな元気にそれぞれの役割作業というか、自分たちの仕事に頑張っていたねえ。久しぶりだったし、新しい青年などいて「あんた誰?」と言われたが・・・何いわれようと素直に受け入れられるのは彼らに素の素晴らしさを感じるからだろう。今日は穏やかな気持ちを貰って帰れた。P3080102

正面玄関     

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        パン作りにおじゃまして・・・・・・味見させ  てもらった。

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牛乳パックから和紙をつくってますねえ

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2006年3月 2日 (木)

おじさんたち頑張っとるよ

P2260079 先日の練習日、休憩時間にハイ!集合!.皆、音楽から離れられない面々

P2260065 梅の花。   P2260066

いい香りの沈丁花                                                                                                               

          

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ある日本女性の生き方、そして仕事に駆ける情熱

昨日、深夜NHKのTV番組で素晴らしい日本の女性の仕事ぶりを知った。その大変な専門分野での使命感、限りない情熱。彼女はWHOで懸命に自分の仕事に邁進してる方であった。で、どんなふうに、どんな環境であのような魅力的かつ感動する女性が出てきたか吸い寄せられるように見てしまった。地球上のあらゆる病気、特に伝染病発生に関してはいえば、発生地、その病原体,伝染経路、深刻な実態を情報発信、発生地でのをあいまいな情報を当国からねばり強く状況を聞きだし、一刻も早くこの状態をこの場で食い止めなくてなくてはならない対策、実施。世界中の情報を得て、協力を仰ぎ、現場へ飛び実態把握その対処、現地での指導などなど、、 こんなどれ一つとっても難儀な仕事を彼女はみな自分が率先してやっていた。なんと形容したら伝わるのか、、とにかくすごい。

彼女は元は大学病院で脳外科の医者であったが、多忙と思い描いたのもとの違いからか心身ともボロボロにそのころはなっていたという。病院を辞め、さらに上に書いたような分野の勉強をしてWHOに勤務が出来るようになったという。家では2人の子の母であり、逞しく子育てもして、バリバリ世界を股に人類のために情熱を持って働いている。こんな日本女性もいるのだな・・と尊敬しながら嬉しくおもった。                         自分を甘やかさない使命感、懸命さや情熱に突き進みながらもギスギス、カリカリしていない生き方に「本当の美しい人」とはこんな人ではないかと思う。

彼女は2人姉弟で、弟さんを脳腫瘍でなくしている。このことが大きく人生を変えたのは確かなようで亡くなるまえに言った言葉が「お姉ちゃん医者になって!!」だと。        かけがえのない人の死によって自分の人生がこんな形で反映できる人になられたのか。 

昨夜、素晴らしいプロ中のプロの人生を見たので忘れないようにと書いておかねば・・ということを今思い出して書いたのだが・・(忘れるところだった!)

でもこれは自分を少しでも振るい立せるなにかに繋がらないとこれ見てもなにもならんよ! 反省、反省。

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